子どもにとって、楽器を習うことは 大人の世界とつながる手段

仲間と共有する時間も、楽器の魅力

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「子どもにとって、楽器を習うことは
大人の世界とつながる手段」
チェロ奏者・大澤久

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こんにちは、チェロ奏者・大澤久です。
 
 
楽器を習い始めるには人それぞれのきっかけがあると思います。僕の場合は6歳の頃、母親が近所のチェロ教室の看板を見かけたことが始まりでした。
 
 
といっても、楽器への興味よりも母親と一緒に出掛けることが楽しくてチェロ教室に通っていました。
 
 
教室までの道中にはバス停があり、駄菓子屋があり、ショーウィンドウがあり、幼い僕には冒険のような外出が、とても面白かったのです。
 
 
その頃は音楽をやっているという意識はあまり無く、ただ出かけられることが嬉しくて楽器に触れていました。
 
 
「音楽の本質について強く意識するのは17歳を過ぎてからで、子どもにとって音楽は、大人にかまってもらえる手段の一つである」と言っている作曲家もいますから、幼少のころは、楽器に向き合う理由なんて些細なものでいいのかもしれません。
 
 
楽器を習っていたら大人が自分を見てくれる、どこかに連れて行ってくれる、もしくは途中の駄菓子屋で何か買ってもらえるかもしれない、という打算もあることでしょう。
 
 
大人からみれば不純な動機ですが、子どもにとって楽器はコミュニケーションの「手段」なのです。
 
 
それは自分自身をどこか新しい場所に連れて行く原動力とも言えるでしょう。
 
 
僕は合奏練習で同年代の友達に会えるのが嬉しかったし、発表会に出て大小様々なホールの空気を味わえるのが好きでした。
 
 
無邪気な楽しさに導かれて続けているうちに演奏技術が向上し、自分で弾きたい曲を弾けるようになり、表現したい芸術がわかるようにもなりました。
 
 
演奏の幅が広がると、こんどは音楽そのもの、楽器そのものが楽しくなってきて、もっと弾けるようになりたいと思うようになりました。
 
 
僕はそうやって音楽の本質に近づいていったような気がします。
 
 
だから今でも僕にとってチェロを弾くことは、初めてのホールに行き、新しい演奏家と出会う楽しみでもあります。
 
 
楽器を通して見える世界というのも、音楽の面白さなのだと思います。
 
 

子どもにとって、楽器は大人と対話できるツール

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